第9話:エルピスとレクルス

マリフォレ「もふぅ。」
エルピス「……!……!」
マリフォレ「もふ?」
「わ……!」
レクルス「おっと、大丈夫ですか?」
エルピス「う、うん。ちょっとびっくりしただけ。大丈夫。……噛まないよね?」
レクルス「心配いりません。このマリフォレはすでに癒されていますし、そもそも彼らは温厚な個体が多いのです。」
レクルス「あからさまな敵意を持っていなければ、決して攻撃してきたりはしませんよ。」
エルピス「そ、そっか。それを聞いて、安心した。」
エルピス「だけど、手は放さないでね……!」
レクルス「はい、ちゃんと握ってますよ。」
エルピス「ありがとう。これなら安心。」
レクルス「そ、その割には、振動がものすごく伝わってくるのですが……。ええっと、本当に大丈夫ですか?」
エルピス「うん。改めてみたら、思ったより大きいと思っただけ、モフモフしてるけど、この下は意外と硬くて……、」
エルピス「それで体当たりされたら痛そうだなとか、というか実際めちゃくちゃ痛かったし……!」
レクルス「あー!あー!1回別のことを考えましょうか!ほら、雲とか眺めましょう!あの雲、何に見えますかねー?」
エルピス「マリフォレ……!」
レクルス「んんん!」
ヴァライフェ「あはは、賑やかなことで……。癒されれば、愛らしいものなんだけどなぁ。」
ヴァライフェ「特に跳ねる姿なんかは……。」
ヴァライフェ「……。」
アルセリア「やっているな。」
ヴァライフェ「わっ、ア、アルセリア様!」
アルセリア「そのままで構わぬ。様子はどうだ?」
ヴァライフェ「難儀はしています。あの様子だと、克服までは時間がかかりそうです。」
アルセリア「そうだろうな。心の傷はそう容易く癒えるものではない。」
ヴァライフェ「ええ、まったくです。」
ヴァライフェ「ですが、癒えない傷もありません。傷ついた本人が心から願うのであれば、どのような傷もいずれは塞がれるでしょう。」
アルセリア「……ああ。」
エルピス「ふーぐぐぐぐ……!」
レクルス「いいですよ、エルピスさん!もうちょっと!もうちょっとで触れますー!」
アルセリア「レクルス様のあのような活き活きとしたお顔は初めて拝見した。」
アルセリア「……傷が癒されているのは、フードの少女だけではないのかもしれぬな。」
ヴァライフェ「……ええ。」
アルセリア「であれば、邪魔をするのは本意ではない。報告はヴァライフェにしてもよいだろうか?」
ヴァライフェ「報告。では……!」
アルセリア「ああ。世界鐘(ウルレラ)についてだ。」
ヴァライフェ「伺います。」
アルセリア「結論から言うと、クロストの町の周辺には存在しなかった。近隣の町にも連絡を取ってみたが、同じくだ。」
ヴァライフェ「なるほど。では、王国に存在する世界鐘の数はこれで確定でしょう。ご協力感謝いたします。」
アルセリア「王国で暮らす者としての責務を果たしたまでだ。」
アルセリア「そして報告事項はもうひとつある。今朝がた、この手紙が私の元に届いた。届け先こそ私だったが、宛名はレクルス様になっている。」
アルセリア「話には聞いていた情報屋からだ。」
ヴァライフェ「げっ。」
アルセリア「な、なんだ、その顔は。」
ヴァライフェ「いえ、そいつとはムショーに馬が合わないものでして……。」
ヴァライフェ「王国に戻っていたのか、チッ。」
アルセリア「そ、そうか。そちらもそちらで大変そうだな。」
ヴァライフェ「あ、も、申し訳ございません。私情を挟み込んでしまいました。手紙の方、お預かりさせていただきます。」
アルセリア「ああ、これだ。しかし、これが届いたということは……。」
ヴァライフェ「……ええ、帰還する必要があるでしょう。奴からの報告は直接聞かなければなりません。」
アルセリア「だろうな。出立に必要なものがあれば何でも言ってくれ。可能な限りは揃えさせよう。」
ヴァライフェ「それは助かります。レクルス様に代わって、感謝を。」
アルセリア「当然のことだ。」
アルセリア「では、私はこれで。そろそろ、妹との昼食の時間だからな。」
ヴァライフェ「はっ、ご足労感謝いたします!」
ヴァライフェ「……帰る、か。」
ヴァライフェ「でも、それはつまり……、」
エルピス「タッチ……!」
マリフォレ「もふ~。」
エルピス「わ……。」
レクルス「やった……。やりました!こんな短時間ですごいですよ、エルピスさん!」
エルピス「手……。手!」
レクルス「ああ!す、すみません、思わず放しちゃいました!」
レクルス「でも、すごいですよ本当に!大きな大きな、第一歩です!」
エルピス「うん、レクルスさんのお陰。」
レクルス「そんなことないですよ!全部エルピスさんの頑張りがあったからです!あー、すごいすごい!本当に嬉しいです!」
エルピス「うん、あの、腕、すごい、振らないで。」
ヴァライフェ「……気は進まないな。」

レクルス「……。」
ヴァライフェ「……。」
レクルス「この短期間でよくぞここまで。さすがですね、彼は。」
ヴァライフェ「レクルス様。」
レクルス「明日にはここを出立しましょう。帰還しますよ、ヴァル。」
ヴァライフェ「……やはりそうなりますか。」
レクルス「どうしたんですか、そんなに沈んだ顔をして。クロストの町なら、また来れるじゃないですか。」
ヴァライフェ「いえ、そのことではありません。私が引っかかっているのは、その……、」
ヴァライフェ「あなたが、エルピスさんと別れなければならないということです。」
ヴァライフェ「レクルス様にとって同年代の友、それも、あれほどまでに心を許せる相手は貴重です。にも関わらず、このように短期間で別れとは……。」
レクルス「……ありがとう、ヴァル。私のそんなところにまで気遣ってくれること、とても嬉しいです。」
レクルス「ですが、忘れてはいけませんよ。私たちの旅の目的は、友達探しではありません。」
レクルス「突如として出現した謎の建造物、世界鐘(ウルラレ)。その解明こそが、私たちの使命です。」
レクルス「私にとっては、それが何よりも優先するべき事柄です。……心が通わせられる人との出会いよりも。」
ヴァライフェ「……申し訳ありません。あなたの立場をわかっているはずの私が、このようなことを言ってしまうとは。」
レクルス「もー、絶対言うと思いました。気遣いは嬉しいって言ったじゃないですか。」
レクルス「ほらほら、しょげないでくださいな。私はヴァルのそういう優しさと近さに結構救われてるんですよー?」
ヴァライフェ「……光栄です。」
レクルス「ふふふ、やっと笑ってくれました。」
レクルス「さぁ、そうと決まれば荷造りをしなくては!アルセリアさんにもご挨拶に行かないとですね。」
レクルス「それから……エルピスさんにも。」
ヴァライフェ「もしお辛ければ、私が……。」
レクルス「いいえ、これは私がやらなくては意味がありません。」
レクルス「ヴァルは買出しと、馬車の手配をお願いします。その間に話は済ませておきますから。」
ヴァライフェ「承知しました。……御健闘を。」
レクルス「大袈裟です。」
レクルス(さて、どう切り出したものでしょうか。唐突に言い出すのは何か変ですし……)
レクルス(いえ、エルピスさんなら案外あっさりと『そっか』とか言いそうですね。常時は妙に落ち着いている人ですし)
レクルス(そもそも、私が勝手に相性の良さを感じているだけで向こうは別にということも……)
レクルス「あー、ダメですダメです!最悪を考えて予防線を張らない!ポジティブに!」
レクルス「だけど、あくまで理知的に!お姉様の教えを思い出せ、私ー!」
「レクルスさん、入ってもいい?」
レクルス「あ、エ、エルピスさん!は、はい!大丈夫です、全然平気です!」
レクルス「水浴びはどうでしたか?少しはさっぱりできました?」
エルピス「うん、さっぱりした。」
レクルス「でも、その服なんですね……。」
エルピス「着替え、持ってないから。」
レクルス「んー、旅なら多少は仕方ないですけど、もう1着ぐらいは持っておいた方がいいですよ?ほら、エルピスだって女の子なわけですし。」
エルピス「女の子は服を持っていたほうがいい?」
レクルス「まぁ、男性もですけどね。清潔なのに越したことはありませんもの。」
エルピス「そっか……。でも、よくわからない。着られれば、どんなものでもいいのかな?」
レクルス「そうですねー。エルピスは目の色がきれいな緑色ですし、服は青色なんかが似合うかも。」
エルピス「そうなんだ。レクルスさんは、服のこと詳しいんだね。」
レクルス「うーん、そこそこですかね。あ、髪梳いてあげますよ。こちらにどうぞ。」
エルピス「うん、ありがとう。そっかー、レクルスさんでもそこそこなのかー……。」
レクルス「ふふ、そうですよー。そこそこの私に何かご用事ですかー?」
エルピス「うん。よければ、レクルスさんに服を選んでもらおうと思って。」
レクルス「なんだ、そんなことでしたか。いいですよー、さっそく明日にでも……、」
レクルス「あ。」
エルピス「どうかした?」
レクルス「……ごめんなさい。私ったら、つい空気に流されてしまいました。」
レクルス「お話があるんです。このままでも構いませんから、聞いていただけませんか?」
エルピス「うん、いいよ。レクルスさんに髪を梳いてもらうの、好きだから。」
レクルス「ありがとうございますね……。」
レクルス「その、それで話というのはですね、私とヴァルは重要な仕事があって、ここを離れなければならないのです。」
エルピス「うん。」
エルピス「……え。」
エルピス「それじゃあ、ここでお別れ?」
レクルス「そういうことに、なりますかね。」
エルピス「……そっか。出発はいつ?」
レクルス「それが、明日なんです。」
エルピス「……急だね。」
レクルス「まったくです。思わず笑ってしまいそうですよね。」
エルピス「レクルスさんは今、笑ってるの?」
レクルス「……。」
レクルス「いいえ。」
エルピス「……よかった。私も、笑えなかったから。」
エルピス、レクルス「……。」
エルピス「寂しい。」
レクルス「そう思って、くれるんですか……?」
エルピス「うん。」
レクルス「……そうですか。」
エルピス「レ……、」
レクルス「んん、どうかしましたか?」
エルピス「何でもない。」
レクルス「言ってくださいよ。気になるじゃないですか。」
エルピス「……。」
エルピス「レクルスさんは……、」
エルピス「寂しいと、思ってくれる?」
レクルス「……当たり前じゃないですか。」
エルピス「……そっか。」
エルピス「怒られるかもしれないけど……嬉しい。」
レクルス「怒ったりしませんよ。私だって、同じなんですから。」
エルピス「……お揃いだ。」
レクルス「ええ、本当ですね。」
エルピス、レクルス「いいものだなー……。」
エルピス「……。」
レクルス「ふふ、またお揃いですね。」
エルピス「……うん。」
レクルス「……。」
レクルス「よいしょ。」
エルピス「わ。……なにか、背中にくっついてる。」
レクルス「私の背中です。」
エルピス「そっか。」
レクルス「……ねぇ、ワガママを言ってもいいですか?」
エルピス「いいよ。」
レクルス「あはは、即答。いけませんよー、何を言われるかわからないんですから。」
レクルス「……でも、ありがとうございます。」
エルピス「うん。それで、ワガママって?」
レクルス「……もしも、また会えたらです。」
エルピス「うん。」
レクルス「その時はですね。」
レクルス「友達のままで、いてくれるでしょうか?」
エルピス「……。」
エルピス「友達なの、私たち?」
レクルス「あ、あれっ!?違いましたか?そう思ってるのは私だけでしたかね!」
エルピス「ごめんなさい。友達のことは、まだよくわからなくて……。ちゃんとメルクに聞いておけばよかった。」
エルピス「教えてほしい。友達の定義って、なに?」
レクルス「……あはは、もう。定義なんて、そんな難しいものじゃないですよ。」
レクルス「また会いたいと思ったら、それが友達です。」
エルピス「……。」
エルピス「そっか。そうだったんだ。ああ、それでようやく納得ができた。」
エルピス「私は、メルクにまた会いたい。」
エルピス「それに……、」
レクルス「あ、手……。」
エルピス「レクルスにも、また会いたい。」
レクルス「……。」
レクルス「またお揃いですよ、エルピス。」

エルピス「ん……。」
エルピス「……あれ、寝ちゃってた。」
エルピス「あ、レクルス……!」
エルピス「……もう行ったんだ。」
エルピス「……。」
エルピス「あれ、包み紙が置いてある。レクルスの忘れ物かな?」
エルピス「……違う、私宛だ。」
エルピス「『きっとあなたに、似合うと思います』」
エルピス「これって……。」
エルピス「……。」
エルピス「ありがとう、レクルス。」

第二部一章

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