第51話:空より落ちて

(彼女は笑わない)
(僕が祖父から彼女を譲り受けたその日から。一度も。彼女は笑わない)
(僕では彼女を、笑わせられない)


「シュルルルルル……!」
「切り裂き魔、逃走しました!」
「明かりを!早く!みんな、無事か!?返事をしろ!」
イノージェン「……。」
(笑わせられなかった……。貴女を……)
(僕は……、お爺様の期待を……)
イノージェン「……。」


「報告は見ました。切り裂き魔を逃がしたそうですね。」
「……君は一度、この件から外れなさい。追って、別の任務を通達させます。」
「帰りなさい、カプナート。父がどうして、イノージェンを君に託したのか。その意味をよく考えてみなさい。」
「それがわかるまでは、彼女を任務に使うことを禁じます。」


「イノージェンは君に譲ります。彼女もきっと、それを望んでいるはず。」
「コツ?そうですね……。心で呼び掛けることでしょうか。」
「イノージェンにも、心があります。君が真摯に呼びかければ、きっと答えてくれるはず。」
「ふふふ、そう心配そうな顔をしなくても大丈夫。君ならきっと、僕以上のパートナーになれるでしょう。」
「期待していますよ、カプナート。僕の可愛い孫……。」


カプナート「……!」
カプナート「……夢、か。」
イノージェン「……。」
カプナート「……もう、夢でも思い出せなくなった。貴女はいったい、どんな風に笑ったかな。」
「カプナートさん!カプナートさん!」
カプナート「……チッ。」
カプナート「入れ。」
「はっ、失礼いたします!」
警吏の女性「設計議会より召集です!新しい任務を下すとのことでした!」
カプナート「わかった。すぐに行く。」
警吏の女性「あっ、外は雨が降っていますから、傘を……、」
カプナート「必要ない。」
警吏の女性「そ、そうですか。ではお気をつけて……って聞こえてないか。」


カプナート(……鬱陶しい)
カプナート(雨はことごとく、鬱陶しい。気分を落ち込ませるし、服も髪も重くなる)
カプナート(でも、お爺様は雨を愛する人だった。雨音でリズムを刻み、全身が重くなるのを楽しんでいた)
カプナート(……だから僕には、彼女を微笑ませることができないんだろうか。僕が、雨を愛する人間じゃないから)
カプナート「それじゃあ僕には一生、彼女の微笑は……、」
カプナート「……っ!」
カプナート(日光……?雲が切れたのか。クソッ、まぶし……)
カプナート「……い。」


カプナート「……。」
カプナート「え……。今、上から誰か……。」
カプナート「そ、そうだ!落ちてきた!水路に……!」
カプナート「……落ちた、のか?僕以外は誰も、水路を見てすらいない……。」
カプナート「夢、だったのか……?」
カプナート(……いや、そんなわけがない)
カプナート(あの微笑が、夢なわけがない!もう夢でさえ、思い出せなくなっていたんだから……!)
カプナート「ああ、ああ……やっと、思い出せた。」
カプナート「貴女は、そう笑うんだ。……イノージェン。」


イノージェン「……。」
カプナート「まぁ、思い出したぐらいで出来るのなら、何年も苦労したりはしないよな。」
「カプナートさん。」
カプナート「……入れ。」
警吏の女性「失礼します。馬車の準備ができましたので、ご報告に参りました。」
カプナート「そうか。すぐに出発するぞ。」
警吏の女性「承知しました。」
カプナート「現場からの報告は。」
警吏の女性「今のところ異常はなしとのこと。立ち入り禁止令も正常に機能しており、確認されている鐘も依然、黄色のままです。」
警吏の女性「ですがご存じの通り、あそこは大迷宮。我々の把握していない通路が毎日見つかる有り様です。それを知っている者であれば……、」
カプナート「侵入は容易ということか。」
警吏の女性「はい。我々の管理していた3つの鐘を鳴らした者も、誰も知らない経路を使用していました。」
警吏の女性「このことから、神出鬼没と呼ばれる切り裂き魔の犯行ではないかと、警衛団上層部は睨んでいるようで……、」
カプナート「切り裂き魔……。」
警吏の女性「あっ!も、申し訳ありません!」
カプナート「……容疑者が誰であろうと関係ない。僕は警吏として、冷徹に、冷静に任務を遂行するだけだ。」
カプナート(……父のように)
カプナート「行くぞ。」
警吏の女性「は、はい……!」


警吏の男性「だぁぁぁ……。」
警吏の男性「暇だなぁー……。」
警吏の女性「ちょっ、ちょっと!何してんのよ!」
警吏の男性「おお、お前か。見ればわかるだろ?平和を謳歌してんのさ。ここの任務になって一週間経つけど平和そのもので……、」
カプナート「一週間でその気の抜けようか。国属警吏の自覚が足りないようだな。」
警吏の男性「んげっ!オートマトン!」
カプナート「なんだと?」
警吏の女性(バカ!)
警吏の男性「し、失礼しました、カプナートさん!ど、どうしてこんなところに……?」
カプナート「設計議会より命を受けた。今より、この地の大鐘管理は僕が指揮を執る。」
カプナート「わかったら、その無様に開いている口を閉じて、さっさと大鐘まで案内しろ。」
警吏の男性「は……はっ!」


警吏の男性「……というわけで、現在も通路の調査は続けており、新しい道は見つけ次第、全警吏に伝達されます。」
警吏の男性「ですが、かなり昔の建物なのが問題です。原理不明の仕掛け扉で封鎖された道、日ごとに位置を変える階段など……、」
警吏の男性「こちらの知識が及ばない装置が、調査を妨害しています。調査状況は芳しくないというのが正直な所でして……、」
警吏の女性(大鐘を発見できたのが奇跡ね)
警吏の男性(まったくだ)
カプナート「専門家を手配して、再度調査チームを組み直す。スケジュールを持ってこい。全て直すぞ。」
警吏の男性「あっ、は、はい!」
警吏の男性「……えっ、お一人でですか?」
カプナート「お前達がそれをこなせないから、僕がここに寄こされたんだ。わかってないのか?」
警吏の男性「ひぇっ!し、失礼しましたぁ!」
警吏の男性(うう、さすがはオートマトン……。容赦ないな。……事実だけどさ)
警吏の女性(その綽名やめなさいよ。彼に聞かれたら、謹慎程度じゃすまないわよ?)
警吏の男性(だ、だってさ、そうとしか言いようがないだろ?笑いもしないし、慈悲もない。頭にあるのは任務遂行のことばっかり……)
警吏の男性(……まさしく、自動人形≪オートマトン≫だよ)
カプナート「私語が多い。」
警吏の男性、警吏の女性「ギクッ!」
カプナート「慎め。任務中だぞ。」
警吏の男性、警吏の女性「失礼しました……。」
警吏の男性(窮屈な職場になりそうだ……)
警吏の女性(それに関しては同意ね。ま、それだけ警戒しないといけない、場所と物ってことで、頑張りなさい)
警吏の男性(はーい)
カプナート「……ここか。」
警吏の男性「あ、はい!ここが大鐘の出現した部屋になります!」
カプナート「外には10名ほど……。中にはどれくらいの警備を配置している。」
警吏の男性「常に20名ほどの警吏が警備にあたっています。」
カプナート「……わかった。今後はこの中を作戦本部として、僕が常在する。」
警吏の男性「じょ、常在ですか!?」
警吏の女性「カプナートさん、それはあまりにも……!」
カプナート「あまりにも、なんだ。任務を遂行するためであれば、当然のこと。すぐに準備をしろ。」
警吏の女性「は、はっ……!」
警吏の女性(訂正、やっぱりオートマトンかも。その華奢な体のどこから、そんな体力がでてくるのよ……!)
警吏の男性(やっぱり貴族は、俺達一般市民とは根本から違うんだよ……)
カプナート「何をしている。行動っ!」
警吏の男性、警吏の女性「し、失礼し……、」
カプナート「……!?」
警吏の男性、警吏の女性「うわあああ!?」
警吏の女性「い、今すっごく揺れなかった!?」
警吏の男性「それに光も!ピカーって!」
カプナート「中かっ!」
警吏の男性「あっ、待ってください!一人じゃ危険です!」


カプナート「これは……、」
「うーん、うーん……。」
「もう食えないよ、母ちゃ~ん。」
警吏の女性「全員……眠ってる!?」
警吏の男性「なな、なんでだよ!?ここの連中は今季入ったばかりで元気いっぱいのはず!おい、おい!なんで居眠りなんかしてんだよー!」
カプナート「……!大鐘が……!」
警吏の女性「灰色に、なってる……。」
警吏の男性「そんな……また出し抜かれたのか!?」
カプナート「……っ。」
カプナート「包囲網を張れ!探索を行っている者も召集をかけるんだ!全速力!やれ!」
警吏の男性「は、はい!」
カプナート「お前は女性隊員を連れて撤退しろ!戦闘が予想されるため、ここからは男性隊員のみで……、」
「いたた!踏んでる!踏んでる!」
「わわっ、ごめんなさい!大丈夫!?」
「もごもご、もごごご。」
「ユウさーん!下にエルピスがー!」
「わぁああああああ!?」
カプナート「……。」
警吏の女性「隊長……。」
カプナート「命令は続行。迅速にやれ。」
カプナート「連中は……僕が相手をする。」


ユウ「はぁ……。ともかく、外に出られてよかったな……。」
メルク「なのですよ~。先が見えなくて、一時はどうなるかと思ったのです。」
トト「きゅー、きゅきゅ!」
エルピス「……ところで。ここは、お菓子の国ということでいいのかな?」
テオ「えっ!じゃあ、この茶色の部分はチョコ?……の割には、油臭い気が?」
エルピス、テオ「……。」
エルピス「舐めてみよーぜ。」
ユウ「やめなさい。」
メルク「ここがどこか確認するためにも、ひとまず外に出るべきだと思うのですよ。ここでは、自分たちがどこにいるかも……、」
メルク「って、みゅおわあああああ!?」
ユウ「うおっ、びっくししたあ!?」
メルク「あ、あれ!あそこなのです!見てほしいのですよー!」
ユウ「あそこ……?ああっ!?」
エルピス、ユウ「世界鐘(ウルラレ)だぁー!」
テオ「でも灰色だよ?」
エルピス、ユウ「鳴らされてるぅー!」
エルピス「こ、この揺さぶられてる感覚は、アドゥルムが急降下する時以来だ……。」
テオ「な、なんかごめんね!?なんならあたし、塗るわ!好きな色を言って!」
エルピス「あの日見た色……。」
テオ「どの日ぃー!?」
メルク「と、ともかく、元気を出すのです!こんなにスムーズに鐘に近づけるのは、魔法の国のことを思うと超ラッキーなのです!」
メルク「もしかしたら、この国では世界鐘はそこまで重要視されてないかもなのですよ!それがわかっただけでも良かったのです!」
ユウ「それは一理あるな……。魔法の国での苦労を考えると、これはかなり幸先がいいのかもしれないぞ。」
ユウ「はっ!もしかしてレトラペインは、ここに世界鐘があることを知ってて俺たちを……?」
メルク「みゅみゅ!ありえるのですよ!」
エルピス、ユウ、テオ「ありがとうレトラペイン……。」
メルク「おぉー……ん。」
エルピス「似てる。」
メルク「みゅふふふ、練習したのですよ。コツは脱力することなのです。」
エルピス、メルク、テオ「おぉー……ん。」
ユウ「いや、レトラペインのモノマネはいいから。まずはここを出よう。トト、行くぞ。頭の上に……、」
ユウ「……トト?」
「きゅー!きゅきゅ!」
メルク「声はするのですよ。」
エルピス「……あ、あそこだ。ほら上。」
ユウ、メルク「上?」
トト「きゅきゅきゅきゅー!」
ユウ「本当だ。ぶら下げられてる。」
ユウ「……なんで?」
「今から体験することに、質問する必要はない。」
テオ「きゃあ!?」
メルク「みゅ!?どうしたのです、テオ!」
テオ「か、体に何か絡まって……!これなに?い、糸!?」
「暴れるな。痣になるぞ。」
「わ、わぁああああ!引き上げられるー!?」
ユウ、メルク「テオー!」
エルピス「ヘスペラ、キャッチよろしく!せぇい!」
テオ「わひゃっ!?」
ヘスペラ「うぉるるる!」
エルピス「みんな、私の後ろに!」
ユウ「あ、ああ!」
「度し難いな。そこの男。」
ユウ「ど、度し難い!?」
「女性に庇われることは勿論、迷いなくそのことを受け入れるその性根。お前に男としての矜持はないのか。」
ユウ「う、うぉぉぉ……!」
メルク「めちゃくちゃ効いてるのですよ……。」
テオ「ちょっと、勝手なこと言わないでよ!ユウにぃにだって、お、男らしいところあるんだからー!」
メルク「そうなのです、そうなのです!戦うだけが男らしさではないのですよー!」
ユウ「うう、みんな……。」
「……おまけに励まされるか。見るに堪えん。軟弱にもほどがある。」
「もういい。これ以上の対話は不快だ。」
エルピス「……!誰か飛び降りてくる!」
カプナート「即刻、逮捕する。」
メルク「び……!」
メルク「美形なのですよ!」
ユウ「今はどうでもいいだろう、それ!」
カプナート「口に出すのも癪だが仕事だから言ってやる。そこを動くな侵入者。お前達は包囲されている。」
テオ「ほ、包囲ってなんで!?あたし達、何も悪いことしてないわ!」
カプナート「とぼけるな。手段はわからないが、お前達は包囲網を突破し、そして厳重に守られていた大鐘から色を奪った。」
カプナート「まさか今まで我々を出し抜いてきたのが、お前達のような連中だったとはな……。」
メルク「ちょ、ちょっと待ってほしいのですよ!確かに私たちは世界鐘を鳴らして回っているのですが、ここのは鳴らしていないのです!」
エルピス「うん、来た時にはもう鳴らされてた。」
カプナート「下手な言い訳だ。ここの鐘は今朝まで黄色であることが確認されていた。そしてそれ以降の侵入者はお前達だけ。」
カプナート「そもそも、侵入ができている時点で十分に怪しい。僕達の知らないルートを知っていたか。」
ユウ「いや、それはレトラペインに食べられて、その中にある門をくぐったらここに……、」
ユウ「うーん怪しいな!?」
メルク「まったくなのですよ!」
カプナート「言い訳はつきたか。ではこれからは真実のみを話してもらうぞ。ここへの侵入経路、大鐘を鳴らす目的。」
カプナート「そしてお前達が切り裂き魔なのかどうか……!すべて話すまで、牢から出られると思うな!」
テオ「ロ、ロウー!?」
テオ「一応確認だけど、ロウソクとかに使う方じゃ……?」
メルク「それはそれで、なのですよ。」
ユウ「待ってください!本当に俺たちは……!」
カプナート「口を開くな軟弱者!」
ユウ「絶対聞いてもらえそうにないー!」
エルピス「私が抑える!みんなはここから……!」
カプナート「遅い……!」
エルピス「うわっ!」
エルピス(ダメだ、私の技術じゃとてもじゃないけど勝てない!せめて、みんなだけでも……!)
【左に三歩!後ろに十歩ずれて!】
エルピス「えっ?」
ユウ「エルピス、どうした!?」
エルピス「今声が……。」
【時間がないよ!巻き添えが嫌なら早く!】
エルピス「……わかった!」
エルピス「ヘスペラ!ユウとメルクを左に三歩、後ろに十歩ずらして、私はテオを!」
ヘスペラ「うぉる!?……うぉるるる!」
ユウ「何……、うおっ!?」
カプナート「逃がすか!」
エルピス「糸が……っ!」
「問題なぁーし!」
カプナート「なっ、砲撃!?」
トト「きゅきゅきゅー!?」
カプナート「しまった、拘束が!」
「心配ないよん、モンスターちゃん!くん、か!?間違ってたらごめんなさい……よっと!」
トト「きゅ!?」
「うっほほほほ、モッチモチー!?私もこういう子、ほっしいなぁ!」
「ぼぉぉぉ……。」
「あぁ違う違う!君がいらないってわけじゃないから!ゴツゴツも好きよー、私!」
エルピス「……!鈴が、勝手に鳴ってる……!」
「やっぱり、君も奏鐘士だったんだね。はい、とりあえずモチモチちゃん返すよ。」
トト「きゅ!」
エルピス「あ、ありがとう。」
エルピス「……えっ、『君』も?」
「まぁ、話は後にしようぜ!まずはここから逃げることが……、」
「げほっ!ごほごほー!あぁ埃かこれぇ!?ちょっと巻き上げすぎちゃった!ピラオロス、吹き飛ばしちゃってよ!」
「ぽぉおおおおおお!」
エルピス「うわっ!」
テオ「す、すごい風!……でも風にしては暖かいような?」
テオ「というかあつっ!?熱くない!?」
エルピス「服脱いでもいい?」
テオ「ぜーったいダメ!」
カプナート「……っ!蒸気か!」
カプナート(奴らの協力者か……!?ともかく、早く正体を確認しなければ!)
「気を抜くなよ、紫の奏鐘士ちゃん!ここからが本番だかんねー!」
カプナート「なっ!お前、は……!」
ヘキサルト「さぁ、ヘキサルトさんとやってみよーうのコーナー!警吏の包囲網を突破だよん!」

第二部四章

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